そこが街中であっても秋の深まりを一番に実感出来るのは、夕暮れどきの空の色ではなかろうか。何とはなし、頬を撫でる風が冷えて来て。人通りのない道でも、やたらと遠い通りからの物音が響いて聞こえ。見上げれば西の空には、茄子紺を滲ませた青から茜へのグラデーションが始まっているのを背景に。電線や街路樹の、やたら輪郭が鮮明克明なシルエットが、出来のいい切り絵のように浮かんでる。そこが雑踏の中なら、頭上をぼんやり見上げる余裕はないかもしれないが。その代わりに、ショーウィンドウの中に、様々な季節の色合いや風物が並んでおり、
“…あ、そうか。今月末はハロウィンでしたね。”
カボチャのディスプレイがやたら多いのはそのせいかと、月半ばにしてやっと気がついたのは。主婦歴もやっと二桁の大台に乗ったばかりという、島田さんチの専業主夫、七郎次さんという御仁。ともすればちょいと古風でお堅いお名前だが、名は体を表すという言葉、このお兄さんには当てはまらない。特に染めてもない金の髪に、光を集めたような透き通った青い瞳の、あでやかな美貌をした偉丈夫であり。背中に掛かるほど伸ばした直毛の金髪を、家事に取り掛かるときはうなじでキュッと束ねる彼で。今も、淡い淡い紫のブルゾンの襟元を背後から見やれば、白いうなじを申し訳程度に隠している、金色のお尻尾が下がっており。駅前のショッピングモールでポイントをためて交換してもらった、ちょいとポップなイラストつきのトートバッグを提げて、今夜の晩ご飯のお買い物中。昨日はサンマの塩焼きと、ハクサイとキクナの煮びたしに、けんちん汁と香の物だったな。あ、厚揚げが安い。今から煮物にするにはちょっと時間が遅いけど、炙って生姜醤油で食べても美味しいよな。歯ごたえを残したキヌサヤと合わせて、おみそ汁の具にしてもいいんだよな。今日のお二人のお弁当は生姜焼きにしたから、魚が続いてもいいかなぁ。メンチカツとかヘレカツとか、久々に揚げてもいいなぁ。あ、でも、アタシや久蔵どのはともかく、勘兵衛様、胃にもたれないかなぁ…などと。献立を考えながら、商店街の店先を眺めていると、そんな視野に飛び込んで来たのが洋菓子屋さんのショーウィンドウ。オレンジ色した、作り物のカボチャのランプや、黒装束の魔女。渦巻きキャンディにクッキーなどなどがちりばめられた中、今月のお勧めスィーツとして“カボチャのモンブラン”なるケーキが一番の真ん中に飾られてあり、
“栗とカボチャをほどよくブレンドした生クリームで飾られた、甘い雪峰。
どうぞご賞味を、か。”
洋菓子店にしては、ちょこっと堅いメッセージが添えられているところが、いかにも地域の商店街のケーキ屋さんという味わいで。これで甘い物は結構好きな、島田さんチの古女房殿。これまでは一人で食べるものを買うのは無駄遣いだよななんて判断が即決で出来たものが、近ごろになって相方が出来たものだから、
“う〜ん。どうしよっかなぁ。”
ほんの数刻。ショーウィンドウと見つめ合い、沈思黙考にかかってた彼を。そのショーウィンドウの向こう側では………。
「やたっ、あの人だvv」
「きゃっvv いいな、ユッコ。」
「今だけフロアと代わってよ。」
「いや〜よvv」
可愛らしいエプロン姿のバイトの女子高生たちが、そんなやり取りを交わしつつ、ドキドキしもって見つめていたりしたのだが、それはともかく。
「ありがとうございました〜〜〜vv」×@
何故だか…カボチャの形をしたホールケーキ用のロウソクを全種類と、次のお買い物でお使いください割引券を どさり頂いて。黄色い声に送り出された七郎次の手には、純白の四角い化粧箱が入った紙袋が下がってる。
“あ〜あ、買っちゃった。”
それも買い物前にと、自分の段取りの悪さに苦笑が洩れる。まま、今日のところは特売品が目当ての買い物じゃあなし、荷物もそんなに増えなかろうと。揺らさぬよう気をつけながら、まずはの魚屋さんへと足を向ける。洋菓子店の中で出会った顔見知りの奥さんから、今日はカレイのいいのがあったよと聞いたので、じゃあそれの煮付けとキンピラゴボウに茶碗蒸し、それから厚揚げのみそ汁。箸休めはレンコンの甘酢漬けってところかなと、いつの間にかメニューも決まってしまっている。勘兵衛様の晩酌には、ああそうそう、ゴロさんがお土産ですって下さったカラスミがあったな。…でも、あれってどうやって出すんだ? 炙るのかな?
「…おっと。」
いかにも主夫らしい算段に頭の中を占領されていても、そこは…昔取ったきねづか(?)、反射や感応力はなかなかに鋭い方であり。背後から寄って来た誰かに、肩へと提げ紐を引っかけていたトートバッグをちょいと引かれ。唐突だったが、つんのめりもせずに立ち止まって、肩越しに振り返れば、
「おや、久蔵殿。」
紺色のブレザーと黒に間近い濃灰のスラックス。学年別のネクタイは赤という、ぱりっぱりの制服姿で革のカバンを提げた次男坊が立っている。此処からだと電車通学となる公立高校に通っている彼なので、夕刻に本数の増える快速で、目と鼻の先にあるJRの駅へと着いたところなのだろう。剣道部所属の彼は、いつも何故だか こんなに陽の高いうちに帰って来ては、商店街で七郎次と落ち会って家路につくのが常となっており、
『部活はいいのですか?』
以前に一度訊いたところ、
『…。(頷)』
その分、超・早朝練習を自主的にこなしているので構わぬと。誰がどう“構わぬ”のかがちょっと疑問な言いようをしていた彼であったりし。
“だってのに、この夏の大会。一年生で出て優勝しちゃったんですよね。”
それってインターハイですか?国体ですか? それとも全国剣道選手権でしょうか? あ、こっちは大学生や社会人だけだったかな?
“さぁて、何でしたっけね。”
小首を傾げるシチさん、さてはあんまりよくは知らないらしい。
「よく見つけましたねぇ。」
結構な雑踏ですのにと、くすすと微笑う七郎次に、ちょっぴり恥ずかしそうに口許をむにむにと歪ませたものの。こちらさんも金髪白面の、それは凛々しい面差し・姿。人の目につきやすい、華やかな風貌をした青年であり。涼しげなその切れ長の目許が、ちょっぴり愁いを含んで伏し目がちにでもなっていたりしたならば。何かあったのだろか、力になって差し上げたいと、胸をきゅんとさせるお嬢様たちが、この商店街に限ってもどれほどのこと居ることか。
“まあ、どう間違っても滅多なことでは憂いたりしない子ですけれど。”
至ってマイペースなのは島田家の血筋の専売特許なのか。自分だって同じくらいの遠縁にあたる、一族の人間であることを棚に上げ、妙なところばかりが勘兵衛様に似てなさると、内心で苦笑をし、
「?」
「あ、いえいえ。何でもありませぬ。」
こちらから…その寡黙で無表情な彼の思うところが読めるのと同じほど、実は彼の側からも、七郎次の思うところが結構 酌み取られているらしいので。あまりな扱いは失敬かもと気持ちを切り替え、
「ほら。ラフティでカボチャのモンブランを買いました。」
「…♪/////////」
紙袋を少し持ち上げて見せ、デザートに頂きましょうねと“共犯”の示し合わせはこれにて完了。でもなぁ、久蔵殿はどれほど食べても太らない体質だからなぁ。メタボは怖いですから、アタシも明日っから庭で槍でも振りましょうかしら。くすくすと笑いつつ、そんなこんなと他愛ないこと語り合い、
「…。」
「ああ。今日はカレイの煮付けと茶碗蒸しですよ。」
「…vv /////////」
「そうそう。久蔵殿、お好きでしたものね。」
仄かに目許を和らげたのへ、ああ喜んで下さったと、こちらも主夫として嬉しい七郎次だったが、
「あ、そうだ。久蔵殿がいるのだから。」
何か閃いたらしく、人の流れを遮らぬようにと避けて、間近にあった書店の軒下へと身を寄せる。素直について来た久蔵へ、ブルゾンのポケットから取り出したのが小さく折り畳まれた一枚のちらし。
「今日から週末土曜までの3日間、水分り薬局でトイレットペーパーが安いんですよ。でも、お一人様1パックまでなので、週末に久蔵殿に着いて来てもらって、その時には2パック買おうと思ってたんですが。」
今も彼がいるのだから、2パック買える。週末まで在庫があるかどうかは怪しいなと、ちょっとばかり諦めかけていて。まま、毎日1パックずつ買うってのも安く上がるには違いないしと、自分で自分を納得させかけていたのだが。目の前へと降臨したまいし天使が主夫魂に再びの火を点けた。
“…いや、そんなオーバーな。”(笑)
やったやった良かったと嬉しそうに頬笑むおっ母様の、それは麗しいお顔に、
「………。/////////」
しばし、ぽうと見とれていた久蔵だったが、ふと。おもむろにブレザーのポケットに手を突っ込むと、取り出したのは…メタルシルバーの携帯電話。この春から高校生なんだからと、七郎次が入学祝いに買い与えた代物で。それはそれは丁寧に使っており、基本料金以上の無駄遣いもしない彼だったので、
“…おや。”
一応、番号を登録してあるお友達はいるんだと。短縮ボタンで済ませての、誰ぞへと掛けている彼の姿へ。買い与えた本人でありながらも、少々意外だなと感じた七郎次だったのは否めない。料金が嵩まないことも理由ではあったが、それ以上に、あんまり誰がどうという友達の話をしない子なので。仲間外れなどで苛められてはいないようだが、ちょっと案じてはいた七郎次だったりし。
“…苛められてても気づかないんじゃなかろうか。”
いや、これは笑えないながらもあり得る話。実は筆者も、中学生時代の卒業式の日に、日頃あんまり遊ばなかった、ちょいと派手めのグループの女子の人から“あなたたちをわざと無視していたのごめんね”と、いやに真摯に謝られてしまい。…それは気づきませんでと応じたら、彼女が傷つかないかなと、最後の最後で気を遣わされたもんでした。気まずかったのね、ずっと。そんな自分が許せなかったのね、きっと。あくまでも真っ直ぐを通したかったのね、偉いなぁ。
「……………、…っ。」
なんて事を思い出しているうちに、相手が出たらしかったが、
「……………。」
やはり無言のままな彼であり。
「……………。」
「久蔵殿?」
どうしたのかなと。故障かしらと案じて間近へ寄れば、かすかながら相手の声が漏れ聞こえ。少々激高しているかのような雰囲気だったので、ますますのこと案じておれば、
「………神無駅前。」
【〜〜〜〜っ!】
何かしらのリアクションがあったようなのに、とっとと切ってしまうところも、なかなかに潔く。
「久蔵殿、そういう切り方は…。」
「電話での会話は用件のみ短くと教わった。」
携帯電話は特に、危急の用向きで使うのが本道だから。出来るだけの常に、いつかかって来てもいい状態にしておかねばと。
「島田が言うておった。」
「久蔵殿へ、ですか?」
一応の確認を取ると、ふりふりとかぶりを振って見せ、
「会社の誰ぞかだ。」
もそっと小さかったころ、一緒に散歩をしていたら掛かって来たのだが、妙に会話を引き伸ばされたらしくて、それで。相手へとそのような説教をした勘兵衛であったという。それを見ていて、そういうものかと覚えたらしい。まま、間違ってはいないのだけれど…。(う〜ん)
「…で、どなたへかけたんですか?」
何となく。此処までの話の流れから慮(かんが)みて、お一人様限定の買い物への助っ人として声を掛けたらしいことが察せられ。
「兵庫という先輩だ。」
「せ…先輩?」
「久蔵っっ!!」
おやや。さして遠くにいた訳ではないらしく。問答途中に、そのご本人らしいお人が乱入して来た。
「早い。」
「おお。そこの本屋にいたんでな。」
近いにも程がある。(苦笑) 見やれば、確かに久蔵と同じ制服姿の、ただしネクタイは色違いの彼であり。
「初めまして、久蔵の兄で七郎次と申します。」
「あ、や、これは。」
今にも胸倉掴んで食ってかからんとしていたところへ、真横からのそんな声掛けがあっては、兵庫さんとやらの威勢もつんのめる。というところを見ると、一応は“常識人”であるらしく、
「久蔵くんと同じ剣道部の二年、兵庫といいます。」
背丈は七郎次と変わらぬくらいはあろうか。機敏な身ごなしのせいもあって、シャープな印象のする青年で、鋭い眼差しや頬骨の高いところなぞ、少々鋭角の過ぎる風貌ではあるが。礼儀正しくて年上には態度も改まる辺り、なかなかに躾けは行き届いている模様。いつも久蔵がお世話になって。ああいえ、そんな…と。型通りの挨拶を二人が交わしている傍らで、
「シチ。買い物。」
「あ。ああ、はい、そうでした。」
いくら近場にいたとはいえ、何でまたあんな一言で見事なまでにここへ姿を現すことが出来た先輩さんなのか。そこのところが判らぬままな七郎次を促した、その目線をするりと返した久蔵曰く、
「そこの薬局でトイレットペーパーを買って来よう。」
「まさかとは思うが、それだけのために呼んだのか。」
「…。(頷)」
さすがは今時の高校生で反射が違う。店頭にでかでかと貼られたPOP広告を見て、お一人様制限のある買い物へ呼ばれたらしいことが彼の側でも瞬時に判ったらしく。
今度は部員全員を呼び出せるようにしておこう。
いや、久蔵殿。それは、あの…。
自称“お兄様”がさすがに苦笑をし。ますますのご迷惑かけてどうしますかとくるのかなと思いきや。
「そんな沢山を一度に買っても、ウチの納戸にも制限があります。」
「おお。」
「…っ☆」
そういやそうかと、手のひらに拳を打ちつける久蔵の、どこかややこしい感性や価値観は。もしかせずとも、
“この御仁も立派に関わって、育まれたものであるらしいな。”
友達はいるのかと七郎次から案じられていた久蔵だったが、そのお友達…らしき兵庫殿の側からすりゃあ。
『一体どんな家庭環境で培われた結果の、奇行の数々なのかと。』
そんな順番になってたらしい、やっぱりどこにあっても唯我独尊の久蔵の、育成過程の片鱗を今ここでちらりと垣間見たような気がしたらしく。誤解なんだか正解なんだか。どっちにしても…朱に交わる前に逃げるなら今だぞ、兵庫先輩。(笑)
〜 どさくさどっとはらい 〜 07.10.17.
*続かないと言ったのは、どこの どどいつだ。(苦笑)
久蔵くんの年齢設定を知りたいというお声がありましたので、つい。
………いや、今度こそ続かないから。(苦笑)
めるふぉvv **
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